三羽雀

 「何だと、もう一遍言ってみろ。それから口の利き方を弁えることだな、憲兵軍曹」
 自らよりも剛健な海軍中尉を前にして、憲兵は狼狽えている。
 「いや、その……何と言いますか……ちょっとした間違いでありまして」
 「間違い?理由はともあれ彼女を乱暴に扱い蔑んだことが間違いか?」
 海軍中尉は鋭い目つきで憲兵に詰め寄ったが、背後からハイヒールの音が聞こえたのでそちらを向き少女に手を差し伸べた。
 「幸枝さん、此処は私が対処しますから」
 そう言って幸枝に傘を渡したのは、いつもの「仕事相手」、長津である。幸枝はその背中を見ていて、何故か涙が出てきた。
 これは駄目元でも清士に会うことが叶わなかったことでもなく、憲兵から厳しい扱いを受けたことでもなく、助けられたことの安心感に似た感情からである。
 「彼女は伊坂工業の御令嬢だ。いかなる事情であろうと、いいかげんな扱いは絶対に避けるべきだ。彼女は私が引き取る」
 唖然としている二人の憲兵を置いて、長津は幸枝の元に戻ってきた。
 「寒いでしょう」
 長津は自身の雨衣(あまい)を脱ぎ幸枝の肩に掛ける。
 「怪我は」
 足元を見ると、左の膝頭に血が滲んでいる。それを見た長津はポケットからハンカチを出し、少女の前に跪いてそれを膝に巻いた。
 「少しだけ歩きましょう」
 長津は傘を持ち幸枝の手を取った。
 幸枝は長津に連れられて競技場の一角へ向かい、庇の下の長椅子に座る。背後の競技場では入場行進が終わったらしく辺りは静まり返っていたが、ただ自分の啜り泣く声だけが耳の奥にまで響いていた。