「帝大の成田さん、成田清士さんを……彼処に、居るかもしれないの」
手を伸ばした先は、またしても憲兵に塞がれる。
「いいや、此方で対処するから問題無い」
片方の憲兵は幸枝を取り押さえながら背後の誰かにはっきりとした声で誰かと話している。目を凝らしてみると表のほうへ走り去ってゆく巡査の姿が見えた。
「何だ、警察か」
「まったく、面倒な連中だ」
幸枝は最後の悪足掻きに、
「成田さん!」
と声を張り上げた。
憲兵に引き摺られながら学生たちの行進するのを一瞬たりとも見落とすことなく凝視している。
「成田さん……」
「大人しくしろ」
突き放たれた幸枝は、憲兵を睨みつけるようにしながら話す。
「でも、あの人に、最後に……」
「大事にしたくなければ今すぐこの場を去れ、黙認しておいてやる」
それでも彼女は食い下がらなかった。しかし、また一歩踏み出したところで張り飛ばされた。
袖や裾は濡れて重くなり、雨水と地面の汚れが白い生地に染み込んでゆく。
「これ以上近づいたら容赦しないぞ」
一人の憲兵は腰に差した軍刀に手を掛け、もう一人は拳銃嚢に手を伸ばしている。
「どうして……」
幸枝が身を起こそうとしたとき、頭上から聞き慣れた声が聞こえた。
「何をしている」
横たわったまま上を見ると、黒い傘がほの黒い空を覆っているのが見える。
「今彼女を張り飛ばしただろう」
幸枝は上体を起こし、その場にすとんと座って傘の外で降り頻る雨を眺めている。
「職務を行った迄であって、悪いのはこの女だ。こんな汚らわしく欲深い女など……」
手を伸ばした先は、またしても憲兵に塞がれる。
「いいや、此方で対処するから問題無い」
片方の憲兵は幸枝を取り押さえながら背後の誰かにはっきりとした声で誰かと話している。目を凝らしてみると表のほうへ走り去ってゆく巡査の姿が見えた。
「何だ、警察か」
「まったく、面倒な連中だ」
幸枝は最後の悪足掻きに、
「成田さん!」
と声を張り上げた。
憲兵に引き摺られながら学生たちの行進するのを一瞬たりとも見落とすことなく凝視している。
「成田さん……」
「大人しくしろ」
突き放たれた幸枝は、憲兵を睨みつけるようにしながら話す。
「でも、あの人に、最後に……」
「大事にしたくなければ今すぐこの場を去れ、黙認しておいてやる」
それでも彼女は食い下がらなかった。しかし、また一歩踏み出したところで張り飛ばされた。
袖や裾は濡れて重くなり、雨水と地面の汚れが白い生地に染み込んでゆく。
「これ以上近づいたら容赦しないぞ」
一人の憲兵は腰に差した軍刀に手を掛け、もう一人は拳銃嚢に手を伸ばしている。
「どうして……」
幸枝が身を起こそうとしたとき、頭上から聞き慣れた声が聞こえた。
「何をしている」
横たわったまま上を見ると、黒い傘がほの黒い空を覆っているのが見える。
「今彼女を張り飛ばしただろう」
幸枝は上体を起こし、その場にすとんと座って傘の外で降り頻る雨を眺めている。
「職務を行った迄であって、悪いのはこの女だ。こんな汚らわしく欲深い女など……」



