「情け無いよな、負け(いくさ)のために命を捧げるなんて。此処だけの話、戦場で野垂れ死ぬなんて真っ平御免だ」
 「……分かってないわね」
 「何だ」
 幸枝は、本当は、もう出征すると決まったようなものなんだから仕方ないでしょう、潔く征きなさいよ、今この瞬間も陸軍や海軍の兵は身を削って戦っているのよと言いたかった。ただ、そんなことも言える筈が無く、
 「確かに戦況は逆転したし、勝機は薄いかもしれない……でも、全く勝てないわけじゃあ無い筈よ、きっと何処かに糸口がある。それに、戦場に征ったって、生きるか死ぬかなんて分からないじゃないの。決まったものは変えられないんだし、そう悲観するのはよしてよ」
 と励ましにならない言葉を掛けるしかなかった。
 「いいや、もう決まっているんだ。僕はどうなるか分からないが、この国は負けて終わる。これだけは間違い無いんだ」
 「……それは夢の中のお話でしょう?」
 (現実と夢の区別もつかないくらいに参っているのかしら)
 幸枝はそう思った。意外にも自分の推測していた線は間違っていなかったのかもしれない。
 「君は僕の良き理解者だと思っていたが、どうやら違ったらしいな」
 清士は吐き捨てるように言って、伊坂家の邸宅を出て行った。
 (初めから貴方の理解者なんかじゃあなかったわよ、私は)
 テーブルの上には空のグラスとたっぷりと水の入ったグラスが二つずつ。ピッチャーは自分のグラスのすぐそばに置いてある。幸枝はソファーに身を委ねたまま、空虚な気分で僅かに琥珀色に煌めくグラスを眺めていた。