「幸枝さん……」
 玄関に立っていたのは清士であった。
 (弱ったわね……)
 今晩の彼は、狼狽したような、それでいてひどく冷静なような、とにかく変な様子である。いつもきっちりと揃えられていた皺一つ無い制服はしゅんと元気が無くなったように草臥(くたび)れて、髪も乱れている。
 「成田さん……どうしたの?」
 もう彼とは関わらないと決めていたはずの幸枝であったが、思わずその手を清士の腕に伸ばした。
 「……寒いでしょう、上がって頂戴よ」
 二人は居間のソファーに座る。
 「何かお飲みになる?」
 「酒をくれないか」
 清士は居間を出る幸枝を見てそう言った。
 「探してくるわ」
 幸枝は炊事場へ向かった。
 (……やっぱり彼も征くのよね。どうしよう、今日が最後かもしれないわ……)
 戸棚の下の段を開ける。確かここには継母が密かに飲んでいたウイスキーが何本か置いてあった筈である。
 (……見つけた)
 幸枝は開けたばかりの瓶と大小それぞれの二杯のグラス、ピッチャーを持って居間に戻った。
 「ウイスキーが有ったわよ」
 清士はぐしゃぐしゃに丸めた後に伸ばされた紙のような活気のなさで、ぼんやりと天井を見つめている。
 幸枝はグラスに琥珀色の酒を注ぎ、清士に差し出した。彼は黙ってグラスを手に取り、一口分を飲み込む。
 「あんまり勢い良く飲んじゃ毒よ」
 「毒でも良いさ」
 清士は煽るように飲んでいる。
 「お水も飲まなくちゃ」
 「水?水なんか要らないよ。それより幸枝さんも飲んだら良いよ」
 ほんの少しのウイスキーを注いだグラスに口を付けた幸枝は、すぐさま水を飲む。