「私、ずっと好きなひとが居るって話していたでしょ。今日、その人がもう出征が近いっていうから……結婚……しましょうって打診したの。でも……あの人は誰とも結婚しないって言うのよ」
 「そうだったのね……」
 清士がこの状況で結婚を断った──そこにはどんな意図があるのか。
 幸枝は、多くの学生の徴兵猶予が撤廃されていたことを先月の時点で知っていた。やはりその知らせを知った時に清士を思い浮かべたわけだが、もうあの人のことなんか知らない、と見て見ぬ振りをしたのである。
 陸軍、しかも将官の家から嫁を貰うとなれば、彼には相当の安心材料になる筈だが、彼は何故断ったのだろうか。しかも、独り身を貫くとは……。
 無論清士の奇妙な決断が理解しづらいこともあるのだが、自分が彼に未練を残さないためにこの少女を利用した以上、何処か自分の心の中にも責任感が芽生えたのか、幸枝の表情には申し訳なさが出ている。
 「私、もうどうしたら良いか分からないわ。あの人と結婚できなかったら、もう誰とも結婚したくない……けれど、私はきっと他の人と結婚させられるのよ、だって……軍人の娘だもの、現に私を利用としている人が居るわ」
 春子も自らの立場は理解しているらしい。
 (あの人は何故?私があの人の立場だったら、間違いなく結婚を選ぶわよ?それとも……まさか、打たれ強さの欠片もないあの人のことだから、全てが恐ろしくなって逃避行に走ろうとしたなんてことは無いわよね、無いと思いたいけれど、無きにしも非ず……)
 春子の目には未だ涙が浮かんでいるが、幸枝は彼女に目もくれず話す。