「友人というのはどうかな」
 「私も軍需に(あやか)っているとはいえ、海軍将校の貴方とお友達というのは不自然じゃありません?」
 「どうだろうな」
 長津はいよいよ頭を抱えた。目を閉じれば、またあの牛乳瓶のような眼鏡の奥で光る主計中佐の眼が目前に浮かぶような気がするのである。しかしこれは自らの気持を正直に伝えるべきか、何か良い言い訳は無いものか──閃いた。
 「俺の一方的に思っている『友人』の立場から意見しよう、君のような有能な人間は何としても生きるべきだと思う、この戦時を生き抜くべきだ。東京に居れば確かに君は今迄通り仕事を続けられるかもしれない、しかしだ。上空に航空機が爆弾を積み飛んできたとする。君は仕事どころじゃあないね、それで下手をすれば大変なことになる。君のような優秀な人間が居なくなったら、君のうちはどうなる」
 「……」
 「君と一年近く共に仕事をしてきた俺が言うんだから信じてくれよ、少なくとも主計中佐はきっと同じように考えているさ」
 幸枝はひとつ息を吐いた。
 「……確かに私の為……ですね」
 「そうだ」
 長津は胸を撫で下ろした。
 「だから、どうだい」
 小さく頷いた少女の髪が揺れる。
 「……嬉しいですね。気掛けていただけるって」
 少女は頬をほんのりと染めて、伏し目がちに長津のほうを見る。
 これまで大企業の社員として、令嬢として、夫人の代わりとして……生まれてからこの日まで家族や女中以外の人間には頼ってこなかった。いや、頼る術どころかその思考さえ持たなかった。言われるがまま、なすがままに淡々と生きてきた彼女には、他人から気掛けてもらうというのは、どこかくすぐったいように感じられるのである。
 「山梨行きは早くて来月だ、俺も出来る限り急いで調整するが、君も早いうちに仕事を片付けておいた方が良い。あと一度か二度は仕事で会う筈だから、その時に調整しよう」