「……」
 春子は気が付くと帝大の目の前にいた。
 (また来てしまった……)
 大学前には、今日も威勢の良さそうな学生たちの姿がある。
 肩を組みながら歩く学生を横目に大学の真正面を通ると、複雑な感情が込み上げてきた。
 清士と再会することを願い通い続けたこの道、彼の顔を見ることができたらと何度願ったことだろうか。
 そしてある日、突如としてその願いは叶った。
 最高の再会ではなかったけれども、夢現(ゆめうつつ)の境界が分からなくなるほどに嬉しいような、浮世離れしたような気分になった。
 これが自分の望んだことが叶った瞬間かと、微睡むような気持ちにさえなっていた。
 しかし、半ば勝俊に結婚を申し込まれかけているこの状況では勝俊のことを考えていても、清士のことを考えていても苦しい。
 (もう、どうしたらいいの……?)
 春子の目には涙が浮かんでいた。
 「ちょっと、そこのあなた、大丈夫?何処(どこ)か悪くていらっしゃって?」
 突然知らない声がして、春子はハッと顔を上げた。
 潤んだ目ではよくその姿が見えず、ハンカチを出して目元を拭う。
 「あら……俯いていたから具合が悪いのかと思ったわ……」
 目の前にはぱっちりとした目と断髪が特徴的なモダンガールが立っていた。
 「御免(ごめん)なさいね、私、お人好(よし)ってよく言われるの」
 モガはカラッとした笑いでその場の雰囲気を和ませようとしたが、春子の目からはまた涙が溢れていた。