幸枝はカウンターへ行き、窓際の席にも届きそうな声で叔父に尋ねた。
 「叔父さん、コーヒーってまだある?」
 この店に通う彼女は、コーヒーがずっと前から仕入れられず代用だけになっていることはとうに知っていたが、ただどこか春子を目前にして座っているのが居心地の悪いような気がしていた。
 「コーヒー?無いよ」
 叔父は案の定、姪は何を言っているのかという表情で、声を潜めている。
 「……そうなのね、まあ、仕方ないわね」
 落胆したような声を出した幸枝は席に戻り、
 「コーヒーは無いそうよ。代用ならあるって言っていたけれど……私からしたらあれは飲めたものじゃあないわ」
 後半は本心である。
 「それじゃあ、私もお紅茶を頂こうかしら」
 幸枝はティーカップの持ち手に指を掛けたまま話す。
 「それで、何か変わったことはあった?」
 いよいよ男になったかと思ったら目を背けたくなるほどに軟弱なままのあの学生も、もしかすると昔馴染み相手であれば何かそれらしい振舞いをするのではないだろうかという、些細な期待からの問いかけである。最早そのような話を聞きたいという思いで、幸枝は春子の顔を覗くように目を見開いた。
 しかし、春子の答えは予想通りと言うべきか、期待外れと言うべきか、幸枝からしてみると「面白くない」ものであった。
 「いいえ、変わっていないわ。本当に、なあんにも変わってないの」
 一つ小さな溜息を吐いた幸枝は、やはり彼は彼だとあっさり諦念(ていねん)を得たような気分になった。
 (やっぱりもうあの人は……駄目ね)