幸枝の隣に腰を下ろした長津は、
 「もう回復したようですが、一応脈と熱はみておきます」
 と幸枝の手首を取り、自身の腕時計の秒針を見ている。
 「長津さん、救護もお出来になるんですね」
 「兵学校で習って以来ですがね」
 (脈は戻っているな)
 長津は幸枝が寝静まった頃を見計らって、衛生室から借りた道具で彼女の世話をしていた。
 橋詰(はしづめ)からずっと長津に看病されてばかりの幸枝は、自分の不始末に対する面目の無さに顔を赤くしているのだが、一方の長津は熱が出たのかと用心している。
 「少し顔が赤いですかね、手が冷たかったらすみません」
 切り揃えられた前髪が退けられた少女の額に、男の手の甲が当たる。
 (見かけは暑そうだが、熱も無さそうだ)
 「もう心配ありませんね。恐らく熱失神かと思われますが、大事に至らず安心しました」
 幸枝は机上に差し出された水を一口飲む。
 「……申し訳ありませんでした、今日は……遅刻をした上に御迷惑をお掛けてしまって。またお見苦しいところをお見せしてしまいましたし……」
 しゅんとした様子の幸枝に対して、長津は上衣の襟をほんの少しだけ広げ、ゆったりとした様子で語る。
 「怪我や病気は誰でも起こすものですから、そう思い込まなくても良いです。何より熱失神の程度で済みましたし、すぐ近くに海経があって助かった。今日は偶然にも来客は無いそうだから、此処であれば落ち着いて仕事が出来ます」
 長津の話を聴いていて、幸枝はやっと自分の居る場所を知った。
 「此処は海経でしたの?部外者の私がお邪魔して良かったのでしょうか……先程迄頭がぼんやりしていたものですから、全く見当が付きませんでした」