「衛生室にと思ったのですが、既に人が居たので。不便かもしれませんが此方で」
 長津の視線の先にはやや広いソファーとローテーブルがある。
 少し歩き風に当たったので気怠さは若干取れたものの、やはり休めるところに来たからには身体が休みたくなったらしく、幸枝は、
 「有難うございます」
 とだけ言ってソファーに横になり目を閉じた。扇風機だろうか、心地よい微風が吹いてくる。
 ──どのくらい眠っていたのだろうか。部屋の中でカチカチと鳴る時計の針は、午後二時を指している。
 休んでいた時間は三十分ばかりであったが、長い眠りだったように感じられた。いつの間にか、腰には蜂蜜色の毛布が掛けられている。
 よくよく考えれば、毎日疲れが溜まって、寝ても回復せぬまま出社する日々を続けていた。街で遊んで夜遅く帰ってきた日の心地良い疲れとは正反対の、ずしんと肩に伸し掛かるような不快な疲れである。
 扇風機は少し遠くで首を振りながら風をこちらへ送っている。背後の窓からは燦々(さんさん)とした陽光が差し込み、暑いのか涼しいのか、或いはその中間の気候か、不思議な気分になった。
 暫く遠くを眺めていると、扉を三度叩く音が僅かに聴こえ、ゆっくりと扉が開かれる。部屋に入って来たのは長津であった。
 幸枝はさっと起き上がろうとしたが、
 「急に動いては」
 と言って手に持っていた盆を机に置いた長津に手伝われて身体を起こした。
 「肘は痛みませんか」
 「ええ……いつの間に、手当をしてくだすっていたのですね」
 転んだときにつくった右肘の擦り傷は、ガーゼで覆われている。