「立てますか」
 長津に腕を引かれて立った幸枝であったが、即座にその手を離した。
 未だ脚には違和感が残っていたが、無理をして立ってみる。一刻も早くこの場を離れたいと思った幸枝は、何ら問題ないという表情をして見せた。
 茶色のスカートは転んだときに擦ったので所々くすんでいる。
 「はい。封筒を……」
 そう言った途端、幸枝はふらりと倒れかけた。
 「おっと」
 反射的に支えた長津の腕の中で、少女の目が薄らと開く。
 「ひとまず休みましょう」
 幸枝の両肩を支え木陰に移った長津は、
 「失礼します」
 と言って疲れ切った幸枝の手首に触れた。
 (熱失神か?)
 長津は幸枝が走って向かってくる一部始終を見ていたが、その倒けかたも気がかりであった。
 (熱痙攣かもしれない、いや、あれは突然走ったからだろうか。怪我はしているだろうか、せめて応急処置だけでもしてやらねば)
 幸枝の右肘は擦りむいたので赤くなっている。これを見た長津は橋の向こう側を見て、
 (彼処(あそこ)に行くしかない)
 と心に決めた。
 「怪我をしていますから応急処置をしましょう。此処を渡った先迄行けますか」
 そう長津が尋ねると、幸枝は大きく頷いて歩き出した。
 「ゆっくりで結構です」
 吐き気を感じるような暑さのあまり言葉も出せず、気怠く感じている身体に吹き付ける潮風がやけに気持ちが良かった。
 臨海の立地にもかかわらず緑の生い茂る正門を抜けたところで、長津は、
 「少し此処で待っていてください」
 とひとり玄関へ駆けて行く。
 玄関の前で壁に(もた)れ掛かっていると、彼は戻ってきた。長津の後を着いていくと、そこは応接室であった。