「何だよ、毎日通っていたんじゃあないのかい?」
 彼女は隣から投げかけられた疑問に大きく頷く。
 「ええ、通っていたわよ。ただ……ちょっと遊ぶ暇が無くなっただけ」
 女の寂しげな声に、清士は不意に立ち止まって幸枝のほうを見た。
 「そうか……今日も本当は夕方から出掛けるつもりだったんだ、でも、君に会った瞬間……」
 数歩先で立ち止まった幸枝は眉を(ひそ)めた。
 「よして頂戴、そういうのは。もう帰るわ」
 この日は、自信の無いような、弱々しい態度の清士が憎らしかった。
 歯車が狂ったのは、「あの夏」からである。
 見た目の良いだけの男に深入りするのではなかったと、心の片隅で後悔している。
 財界の重鎮の長男であれば関わりを持って損はしないだろうという打算は見事に外れた。
 彼に会う度、その意気地の無い発言に内心反吐が出るような気分になる。
 (優しくしたのが災いしたんだわ……もうあの人と会うのはよそう、今度会っても冷たくあしらうのよ)
 幸枝は振り返ることなく、街の中を通り抜けていった。