「じゃあ、来週の金曜日の五時半に此処に来るよ」
 そう言い残した清士は、颯爽と正面玄関を出て行ったのである。
 取引先との面談──今回ばかりは通常の仕事である──を終えて時間を持て余した幸枝は、叔父の喫茶店へ行くことにした。通り道には丁度帝大の校舎が見え、その方向からこちらに向かって数人の学生が歩いてくる。
 バンカラの学生達は互いに肩を組みながら、学問についての談義を交わしつつ揚々と通り過ぎてゆく。
 (成田さんだと簡単に許せてしまうのよね……厭な話だけれど、不思議だわ)
 威厳のある建物を遠目に歩いていた幸枝であったが、突然、校舎の前に佇み俯く制服の少女の姿が目に入った。
 少女は幸枝が近づいていることにも気づかず、ただその目に涙を浮かべている。
 「ちょっと、其処の貴女。大丈夫?何処か悪くていらっしゃって?」
 幸枝は心配そうな顔をして少女に声を掛けた。
 彼女の声にハッとして顔を上げた少女は、幸枝の方を見たままポケットから出したハンカチで目元を拭った。
 「あら、俯いていたから具合が悪いのかと思ったわ……」
 少女の目元は赤く腫れていたが、特に肌が青白かったり気分の優れないような表情をしていたりするわけではなかった。
 (健康そうには見えるけれど……)
 しかし、少女の目はうるうるとしていて今にも溢れそうな涙を下瞼いっぱいに溜め込んでいるように見える。
 「御免なさいね。私、お人好しってよく言われるの」
 幸枝は少女の気を和ませるべくカラッと笑ってありもしない話をしたが、結局少女は戸惑った表情を見せながら涙を流していた。
 (何か悲しいことでもあったのかしら)