清士はにやにやとして、公園の適当な柵に寄り掛かった。
 「幸枝さんも、おいでよ」
 仕方ないわね、という表情を浮かべた幸枝も、清士の隣にちょこんと立つ。
 家路を急ぐ人々の声も消え去ったように静かな公園の中では、時折こちらも帰路に就いているであろう烏の声と夕暮れに鳴く静かな蝉の声が聞こえるのみである。
 幸枝は腕時計を眺めているが、一方の清士は茫然と茜色の空を見上げている。
 「僕、思ったんだ」
 清士は、ぽつりと一言だけ呟いた。幸枝は腕時計から目を離して、空を眺めながら話す清士の横顔に目を遣る。
 「一年前から、ずっと自分に対して変わらねば、腹を括らなければと言い聞かせてきた……しかし、駄目なんだ。僕にはどうしても覚悟が出来ない」
 声色は徐々に熱を帯びる。
 「君に判るだろうか、国から命を捧げろと云われることの意味を。僕等迄回ってくるかは分からないが……動員はどんどん膨れ上がっている。工場で働くならまだしも」
 「判るわよ、私にも……」
 幸枝の語調はやや強く、「判る」という一言に一切の気持が押し込められているようであった。
 「兵隊とは違うけれど、私だって国に命を捧げるつもりで働いているわ。毎日、時間との戦いよ。此処数ヶ月なんて、工場の買収から土地の買入、新しい工場の建設、工員の募集、資金の都合……何もかもが大変で、本当に目が回るようだったのよ。私は日々身を削って働いているの」
 「良いよなあ、君は。そうやって国のためと言って仕事をしていれば、職に尽きることも無く金回りは良くなって、無駄な命乞いもしなくて済む」
 「何ですって!」