「自動車が来ますから、表で待ちましょう」
 とうに日も沈み星の見える空の下では、初冬に戻ったかのような寒さが感じられる。
 幸枝は手を擦り合わせて暖を取ろうとしている。長津はその様子を見てか、
 「寒いのでこれを」
 と言って上衣を少女の小さな肩に被せた。
 幸枝は頬を赤らめて俯き、上衣が肩から落ちぬよう襟の少し下を右手できゅっと握る。
 三分程待ったところで、車はやって来た。
 後部座席の右側のドアを閉めたのち乗り込んだ長津が運転手に何かを告げているうち、幸枝は不意に眠気に襲われ座ったまま眠ってしまった。
 「伊坂さん」
 肩が揺れたので目が覚めると、そこは見慣れた景色であった。
 ゆっくりと眼を開けると、目前の海軍士官の後ろには今朝出てきた邸宅がある。
 「あれ……?」
 目を(こす)ってみたが、暗がりの中に見えるのは、やはり自宅であった。
 「すぐ其処ですから、送りましょう」
 長津に手を引かれるまま、幸枝はひょいと車から降りる。
 「どうして此処を?」
 「蝙蝠傘のときです」
 酔いの冷め切らない頭では考えようにも考えられず、幸枝はただこくりと頷いた。
 頷いたまでは良かったが、瞼が下がり、幸枝の意識は再び遠のこうとしている。
 「伊坂さん、しっかり」
 幸枝は肩を揺さぶられては目を見開き、
 「有難うございます、もう帰りますから……」
 と心許ない足取りで前庭の芝の中を歩いていく。
 長津はその後ろ姿を包み込む上衣を見て、慌てて伊坂家の邸宅に足を踏み入れた。
 できるだけ足音を立てぬよう静かに歩き、
 「伊坂さん、上着を」
 と小声で少女を呼んだ。