「もしかすると、長津様、この娘が御好きなんじゃないんです?そんなふうに他人を気がけるのは珍しいですよ!」
 それまで落ち着いた調子の市駒だったが、口の端が上がって、白い歯が見えている。
 「まあ、市駒さん!何を仰るんですか。このひとは何時も冷淡で、顔色ひとつ変えないんだから何をお考えなのかもまったく分からないのよ」
 幸枝も恥じらいと高らかな笑いを混ぜたような様子で続く。
 「市駒さんの言うことはよく当たりますよ。よく周りを見ていらっしゃるから」
 佳つ江の耳打ちに、いじらしい気持になった幸枝は、
 「いやだわ、佳つ江さんも。女の勘というのかしら」
 と声を潜める。長津もどこか決まりが悪くなった様子で、
 「さあ、グラスにワインを注いだら帰ってくれ。玉代を上乗せしようか」
 「おっかないですね、長津様は」
 苦笑いを浮かべた市駒がワインの最後の一滴までを長津のグラスに注いで、芸者たちは座敷を後にした。
 グラスに注がれた白ワインは、薄明るい部屋の中で煌めいている。
 「あれだから芸者は嫌いだ」
 グラスを煽った長津は、そう言い捨てた。
 その表情には一寸たりとも酔いの回った様子はなかったが、幸枝の飲んだ量からして長津は相当な量を飲んでいるらしい。
 一方の幸枝は今にも眠りそうな表情である。
 「まあ、お戯れごとじゃありませんか。市駒さんも佳つ江さんも、不思議な人達だわ」
 長津は疑義を唱えたいというような表情であったが、すっくと立ち上がって、
 「行きましょう」
 とほろ酔い機嫌の幸枝の手を引いて料亭の外へ出た。