「そう……それにしても、突飛なことを仰って如何なすったの?」
 木枯らしが二人の肩を撫でるように通り過ぎてゆく。
 「君が僕を連れて展覧会に戻ってからのことだ。気がつくと、大勢が僕を見ていた。そして、婦人達は何か僕のことをひそひそ話しているようだった。我に返った頃には急に逃げ出したくなって、美術館を出た。それからもずっと、美術館に入っていく人たちの目は皆僕に向いていた」
 清士の足取りが重くなる。
 「……決して尊大な気ではなく……ただ、僕は物珍しがるような、異端な視線を向けられていた。それですっかり……僕は意気地なしだ。しかし、生き生きとした君の姿を見て思った。僕は君と一緒に居ると、自信に満ち満ちた気になる。だから僕には君が必要なんだ」
 そぞろ歩きの足を止めた幸枝は、
 「成田さん、それは貴方自身への邪推だわ。いつか私は貴方にお話ししたわね。貴方自身を冷静に考えてみたら分かると……今や帝大の法科生となった貴方は誰もが羨む凛々しいエリートよ」
 とその絶佳の人相に対して恍惚とした表情を浮かべた。
 「そんなことを言われると益々君に溺れそうになってしまう……あの夏の君のキスが忘れられなくて、息苦しかった」
 急くように騒ぐ彼の視線は、昨夏の午後と何ら変わりない。
 始めはまごついて不可解なことを言う清士に焦れるような感情を抱いた幸枝であったが、全てが揃ったこの青年の唯一克服されない欠点がかえって憎からぬものに思われるようになってしまった。
 (そんな顔を向けないで頂戴)
 気遣い、あるいは世話焼きの血が収まらない。