「──この任務を退きます」
 これが最後に示すことのできる、この上ない誠意であった。
 幸枝はまたも降りかかってきた予想外の言葉に、呼吸までをも止め、長津の引き締まった顔を凝視した。
 「本心ですか」
 「はい」
 ぽつりと二つの会話が行き交う。
 「奇妙なことですが、お尋ねしても」
 「はあ」
 幸枝は長津の目を穴が空くほどに見つめて問うた。
 「私を殺すおつもりでいらっしゃいますか」
 彼女はイエスともノーともつかない答え、あるいは拒絶が返ってくると予想していたが、海軍士官の回答はどの予想にもあたらなかった。
 「はじめからそのようなことは想定していません」
 長津から視線を逸らした幸枝は、今度は困ったような表情を彼に向けた。
 「第一、貴女は我々と取引をしていても軍属ではないし、寧ろ市民ではなく令嬢であり、そして一人の女性です。私も貴女を危険から守ることを誓った人間、その真逆を行くなど起こり得ません」
 「ですが、此処でこのお仕事をおよしになったら、その誓いはどうなるのですか。これからは何方が私を守ってくださるのですか」
 やや力んだ少女の声は沈着な士官の心に響いたらしく、切れ長の眼が大きく見開かれた。
 しかし、直ぐに視線を落とした彼は、
 「陸軍ではあるまいし、貴女をお守りする器量のある者などうちには幾らでも居りますよ」
 と落ち着いた様子を見せた。
 内心では間違いを起こしてはならぬと、何度も繰り返している。
 「……気の利かない御方ですね」
 長椅子から降りた幸枝の声は潤んでいた。