思い立った頃には相方のシャツの襟を鷲掴みにしていたのである。
 「ご説明いたしましょう」
 胸ポケットから出した手帳の真っ新な頁を破いた長津は、一緒に取り出した小さな鉛筆で次のように書いて見せた。
 『特務に付、賭場へ潜入した』
 差し出された内容を読んだ幸枝は紅くなった両頬に手を当てた。
 「既に幾つかの機密をお伝えしている貴女を信頼してお伝えします」
 長津はライターの火の点いた紙を灰皿の上に置く。
 「賭博はしていませんからね」
 念を押した長津の声はひどく落ち着いている。
 「……お帰りいただいて結構です」
 来客の居なくなった部屋には、小箱から香る目の眩むほどに強い若草の芳香と、机上の灰皿で燻るざら紙の不快な煙たさだけが残る。
 たっぷりと水の注がれたグラスの(まろ)やかな輝きは失せて、水面は不自然に静まり返っていた。