「このお仕事の時の服装は自由だとかつての担当者の方からお伺いしましたけれど、半袖だとか、涼しい服をお召しになったら如何です?」
 幸枝は自分の着ている婦人標準服の袖の部分を持って見せた。
 「これも立派な仕事ですから。任務の意識を保つためにもこの服を脱ぐことはできません」
 額から汗を流しながらでは、あまりにも説得力に欠ける話である。
 「はいよ」
 頭上から置かれたのは二杯の欠き氷で、透き通るような白の山盛りの氷の上に粒餡を液体に近くしたのが掛かっている。
 「あれ、あんた、軍人さんだね!」
 老婦は目を見開き、手を叩いて長津を見ている。
 「ちょっと待ってな」
 長津は早足で店の奥へ向かった老婦を眺めていた。
 輝く表情で席に戻ってきた老婦の手にはたっぷりの粒餡の入った片手鍋があった。
 白い氷の山を溶かすように、熱々のその粒餡が載せられる。
 「軍人さんには特別だよ。お国のために頑張っておくれ」
 柔らかな湯気の立つ欠き氷を見て、幸枝も物欲しげな目を老婦に向けた。
 「お嬢ちゃんもかい、仕方ないねえ」
 困ったような笑いを見せた老婦は、幸枝の欠き氷にも同じように粒餡を掛けた。
 「有難うございます」
 「今日だけの椀飯振舞(おうばんぶるま)いだよ」
 幸枝はいかにも嬉しそうに(さじ)で氷と餡を掬う。
 「長津さんもお上がりになって。早くしないと溶けてしまいますよ」
 「ああ」
 長津はやはり疲れたような、気の抜けた様子である。
 「折角よくしていただいたのに、甘いものはお嫌いですか?」
 次々に匙を口に運ぶ幸枝の欠き氷は、氷の山ではなく丘になっていた。