夏の昼下がりのこの街は、蝉の声が空高くに響き、蒸し上がるような熱気に包まれている。
 月に一度の仕事相手が長津に決定したことで、幸枝はどこか落ち着きを持っていた。
 これからは次にどのような人が来るのかを思案する必要もなく、またどう振る舞うのが適切なのかを考えることもなく、ただ気心の知れた仕事のしやすい人ととも働くことがこんなにも素晴らしいことだとは思いもしなかった。
 建物の影で日差しを避けつつ長津を待つ。
 暫く待っていると、遠くの方に白い服装の人物を見つける。
 向こうも仕事相手の姿に気が付いたか、小走りでやって来た。
 「どうも」
 長津は深く被っていた軍帽を取り会釈をした。
 声の調子はどこか張っているように見えたが、その表情には疲れが滲み出ている。
 「暑いですね」
 きっちりと着こなした軍服の上衣は首元から裾までのすべての(ボタン)が留めてある。
 頭から爪先まで白で揃えられた服装は整然として涼しげに見えるが、着用している本人からすると、その外見とは裏腹に耐え難い暑さを感じているらしい。
 「冷たいものでもいただきましょうか」
 「はあ」
 幸枝は長津を待っている間に、「氷」と書かれた旗の翻る茶店を見つけていた。
 人家の一角を店舗にしたと見えるその茶屋は、部屋の角に沿うように幾つかの机と椅子が置かれた質素な造りである。
 店主らしき老婦の、
 「いらっしゃい、すぐに出すよ」
 という威勢の良い声が奥の方から聴こえてくる。
 壁にも机にも、品書きの類は一切見当たらなかった。