「私を口説こうとしても、そう簡単にはいかないわよ」
 態とらしく張った声が部屋全体に響いた。
 「しかし君だって時々思わせ振りなことをするじゃあないか」
 不満気な声を出す清士は幸枝の隣に座る。肘置きに腕をつき、足を組んだ幸枝は、その動きを目で追っていた。
 「……」
 外方(そっぽ)を向く幸枝に対して、清士は寄り添うように語る。
 「半年前、君は僕を魅力的だと云った。あれは本心だろう」
 「確かに言ったけれど、魅力的に思うのと好意を抱くのは別物よ」
 幸枝は依然として突き返すような口調である。
 「僕は、嬉しかった。そんなふうに僕に関する良い印象を素直に口にしてくれる君が好ききなった」
 暑さで気怠くなった身体を覚ますように、幸枝の心の中を何かが駆け巡った。
 動揺する心を抑えるべく、彼女は関心のない様子を装う。
 「先程から好きだ好きだと仰るけれど、貴方にはあの、知人の娘さんとかいう方がいらっしゃるじゃない。折角貴方のことを好きな人がいらっしゃるのだから、そちらを心配なすったら?」
 清士は幸枝の話を振り切るような素振りで、
 「あいつの話はよしてくれよ」
 とその身を幸枝の方に向けた。
 「比べる迄もないが、君のほうがあれよりもうんと綺麗で、可愛らしくて、おまけに賢い。僕はそういう女性が好みなんだ」
 「もう……よして頂戴」
 困ったような笑いを浮かべる幸枝を見た清士は、居ても立っても居られないような気分になる。
 「君のその表情に触発された男も少なくはないんだろうな」
 この時、幸枝は目前に居る学生の新しい一面を見た。否、男の普段見せない顔を見たと表現すべきか。