「昭二にお茶を持って来させて頂戴」
 「かしこまりました」
 受付係にそう告げた幸枝は、
 「お会いしたのは半年振りかしらね。まあ、お掛けになって」
 と席に着いた。
 「今日は如何(いかが)なすったの?」
 「偶然通りすがったから、顔を出してみたんだよ……突然訪ねて迷惑だったかな」
 幸枝はすぐさま首を横に振る。
 「いいえ、全く。寧ろ嬉しいわ」
 「……それは良かった」
 暑さの所為で火照った身体を冷ますかのように、清士は制帽を煽いだ。帝国随一の大学の徽章が煌めく。
 「失礼します、お茶をお持ちしました」
 「どうぞ」
 その時、部屋に入ってきたのは昭二である。
 「昭二、私のお友達よ。御挨拶なさい」
 「こんにちは」
 二人分の冷茶を卓上に置いた昭二は、ペコリと頭を下げた。
 「やあ、どうも」
 清士は昭二に笑みを向ける。彼は少年が部屋を出たのを見て、幸枝に尋ねた。
 「あの子、小使(こづかい)かい」
 「あれは私の弟よ。この夏は社会勉強も兼ねてお手伝いをさせているの」
 清士は給仕されたばかりのお茶をぐいっと飲む。
 「ふうん、君に弟がいたんだね。お兄さんのことは父さんから聞いていたけれど」
 頬杖を付いた幸枝はつい数秒前に弟が通っていった扉を見つめている。
 「まあね。いつかは公表しなくちゃいけないとは思うのよ、でも……」
 「でも?」
 幸枝は冷たいグラスに目線を動かした。
 「ことわっておくけれど、これは誰の所為でもないし、本人を責めるわけでもないのよ。ただ……昭二のことを世間に知らせることで伊坂の名に傷を付けるわけにはいかないでしょう」