「私も所詮義理の子供だもの……知る由もないわ」
 炊事場の窓から明るくなった外の景色が見えた幸枝は、
 「お庭に出てくるわ」
 とだけ言い残して席を立った。
 雨上がりの朝の庭には、青々とした植物の匂いに少し鼻につく雨の匂いを混ぜたような香りが立ち込めている。
 屋敷の玄関から真っ直ぐに続く(いしだたみ)の道を進んで郵便受けに手を伸ばした幸枝は、中に入っている数部の新聞を掴み取ってその場で一面を読み始めた。
 幸枝がこうもして真剣に新聞を読んでいるのは、無論月に一度やってくる特別な仕事のためである。幸枝はこの日も朝からその仕事を控えている。
 (一旦此処にある一面は全部読んだけれど……真相は分からないわね)
 「姉さん!朝御飯だよ」
 屋敷の玄関で元気よく手を振る弟の姿が見えた。母を茨城に送ってからというもの、伊坂家の食卓には一人の少年が増えた。
 (まあ、もうそんな時間……)
 腕時計の針は七時過ぎを指していた。
 「今行くわ!」
 有りっ丈の新聞と郵便物を抱えて食堂に入った幸枝は、慌ただしく席に着いた。
 「お父様、すみません。朝刊を読んでいたらこんな時間になってしまっていて」
 父はいつになく上機嫌な様子である。
 「ああ、気にするな。お前が情勢に熱心で父さんも嬉しいよ。さあ、上がりなさい」
 『……帝国海軍は依然として猛攻、激戦を繰り広げております……』
 僅かな音量のラジオから威勢の良い語り手の声が聞こえてくる。
 (やっぱり長津さんの話が頭から離れないわ……どうか真実に近い情報であって頂戴)
 「幸枝、どうかしたか」