(東太平洋の敵根拠地強襲、ミッドウエー沖の海戦アリューシャン列島を猛攻……米空母二隻撃沈……航空母艦の損失が一隻、大破が一隻、巡洋艦の大破が一隻に未帰還飛行機が三十五機……)
 梅雨の降り(しき)る早朝、幸枝は食卓いっぱいにここ数日の各社の一面を並べていた。
 小さなランプに照らされた薄暗い部屋には紙を動かす音と雨音だけが響く。
 (紙面だけを見れば被害はあるけれども、やや優勢なのかしら……でも、長津さんが大本営発表は不正確だと仰っていたし、あの方の話の通り、米国のほうが明らかに優勢の筈……まだ数日は様子見ね)
 「お嬢様、こんな朝早くにいかがなすったのですか」
 驚いた様子で食堂に顔を出したのは女中の紹子であった。
 「新聞を読んでいたのよ、どうしても気になることがあってね」
 「左様でしたか、お茶をお淹れいたしましょうか」
 幸枝は新聞を畳みながら話す。
 「ええ。片付けたら直ぐにそちらへ行くわ」
 「かしこまりました」
 畳んだ新聞を重ねて壁際の椅子の上に置いた幸枝は、小さなランプの光を消して炊事場へ向かう。
 「お綾さん、お早う」
 幸枝は襷で着物の裾を結んでいるお綾にも声を掛けた。
 「お茶でございます」
 差し出された緑茶を飲みながら、幸枝は二人の女中と話す。
 「……この家も厭に静かになったわね」
 継母が茨城へ行ってから約一月、伊坂家は平穏に包まれていた。
 あの金切り声が聞こえないだけでも安堵を覚えるが、騒ぎがないというのも案外無味なものである。
 「奥様は今頃どうなすっているでしょうか」
 長い髪を纏めて(かんざし)を差したお綾が吐息を漏らす。