「それは主計中佐殿も同じでしょう」
 長津は目前に座り煙草を吹かす主計中佐を冷めたような目で見下ろした。
 「軍の会計を担っているのは我々主計科だ。そしてこの件は私が全権を握っている……全て私の勝手で進んでいるのだ、責任を負うのも私一人で十分だ」
 「では、伊坂さんに無礼を働くような士官は今後配置しないでいただきたいですね」
 嫌味を含んだ口調の長津は、そのギロリとした目線で分厚い眼鏡の奥の瞳を撃ち抜く。
 「彼女から伺いましたが、此れ迄の担当者は皆自分勝手な者ばかりで仕事がしづらかったと溢していましたよ。それから」
 主計中佐の手元で(くすぶ)る煙草から、白くなった灰が灰皿へと落ちる。
 「昨日の陸軍並びに憲兵の件は私が担当したために対処できたと自負しております」
 「随分と過剰な自信だな」
 煙草を潰して火を消した主計中佐は、皮肉な口調で長津を口撃する。
 「お言葉ですが、主計中佐殿も伊坂工業に対し無理な注文をしていることは御承知の上でしょう。先方は──少なくとも伊坂幸枝は非現実的な注文量に勘付いています。それでも期日に不足なく納品している、協力的な企業ですから絶対に手放す訳にはいきませんし、先方にも快く取引をしていただきたいのです。私の考えに誤りがあるでしょうか」
 主計中佐は草臥(くたび)れた吸殻を眺めながら、ある日自身が別の士官に告げた言葉を思い出した。
 この佐官に意見するいけ好かない、鋭い目つきに固く結んだ口元の尉官も、自身の持つあらゆる人脈を駆使し詮索した上で選んだ人物なのだ。力量は十分にある筈である。