「伊坂工業の件で伝達いたします」
 翌朝、長津は朝一番に主計科を訪ねた。
 「……自己申告とは、よく出来た人間だな」
 この件で同じ人間に再び会うことを良く思わないために皮肉な一言を掛けたのは、あの分厚い丸眼鏡の主計中佐であった。
 主計中佐の嫌味にも何一つ表情を変えない長津は、大机の前に歩み寄る。
 「良い報告と悪い報告が有ります」
 眉間に皺を寄せた主計中佐は、どちらでも良いから早く伝えろ、というように手を煽る仕草をする。
 「前回と今回の取引で、先方と比較的良好な関係を築くことができました、これが良い報告です。悪い報告は──」
 「待て、それの何処が良い報告なのだ」
 丸眼鏡の奥から鋭い視線を感じる。
 「この件には継続的な関係は求められない、良好な関係など築く必要はなかろう」
内心怯んだ長津であったが、彼の表情が語るものは無い。
 「昨日の取引では憲兵に呼び止められました」
 「憲兵など気に留めるな」
 煙草を咥えマッチを擦る主計中佐は、長津の報告を一蹴した。
 「指定された場所が軍人会館であったために陸軍の者も多く、可能な限り目立つことなく行動しましたが、目を付けられているかもしれません」
 「報告はそれだけか」
 もくもくと立ち昇るくすんだ熱が時の流れを知らせる。
 「報告は以上ですが、提案があります」
 主計中佐は自らの立場を理解しているためか、何も言わなかった。
 「毎回の取引を一任させてください」
 「許可出来ないな」
 間髪入れず返した冷酷な声が煙とともに放たれる。
 「何か一つでも間違いを起こせば問題となり、下手をすれば会議に掛けられる可能性も多分にある」