「夕飯はいつも通り七時からで結構だ、準備をお願いするよ」
 と女中達を調理に戻らせた父は、食堂に集まった家族を眺めて咳払いをする。
 「その荷物は何だ」
 当主は左手に座った妻子に尋ねた。妻はあの日から変わらず、だんまりである。
 「……継母さん、何があったんだい」
 「そうよ、いかがなすったの?」
 兄妹の声掛けも他所(よそ)に、継母は俯いてばかりいた。
 終わりの見えない沈黙に痺れを切らして口を開いたのは、昭二である。
 「茨城の婆ちゃんの家に行こうとしていたんだ」
 「昭ちゃん、あなたは何も言わなくて良いのよ」
 即座に自らの話を取り消そうとした母を無視して、昭二は続けた。
 「母さんはこの頃ずっと茨城に行こう、行こうと言って聞かないんだ。僕は学校があるし、友達とも離れたくないから東京に残ると言ったけれど、母さんは全く聞いてくれない」
 ぶっきらぼうな口調の中に、彼の感じている寂しさや無念さが見える。
 この人なら無理にでもそのようにしそうだ、と他の三人は思っていた。
 「昭二の話は本当かな、説明してくれるかい」
 妻はまたしても何も言わなかった。
 一言も口にしない代わりに、昭二の目を覗き込むように見つめている。
 「お継母様、こういうことでしょう。もし空襲でもあれば危険なのでこの街に居られなくなったからご実家にお帰りになると……私はお尋ねしたいことが山のようにあるわ。何故こちらに残りたいという昭二も連れて行くの?茨城迄の旅費はどうやってご用意なすったの?」
 幸枝は自らを制すべく深呼吸をした。