薄暗い街路を歩きながら我が家に向かう。
 幸枝は歩きながら空を見上げて気がついた。
 (長津さんが傘を持ったままだわ。社用だから近いうちに新しいのを買っておけば良いわね)
 今日の幸枝はどこか上向いた足取りである。
 当然ながら思いがけないことの連続で、衝撃的な話を聴いたり、憲兵に声をかけられたりと疲れを感じる一日であったが、幸枝の脳裏には自分を庇ってくれた長津の声と大きな背中が映し出される。
 (今日の長津さん、格好良かったわ……あれでこそ男性のあるべき姿よね)
 軽い歩みで邸宅の目の前に着いたところで、幸枝は継母と弟が裏庭からぐるりと回って玄関に出てくるところを目撃した。
 「お継母(かあ)様?何をしていらっしゃるの?」
 息子を連れた母は大きな風呂敷をひとつ抱え、忍ぶように歩いていた。
 「退いて頂戴」
 「こんな時間にそんな荷物を持って何処へ行くの?」
 (まく)し立てるように話した幸枝は、継母と弟の行手を阻んだ。
 「嫌よ、退きなさい」
 二人の女が張り合っているところに、父と長男が帰ってきた。
 「おい、二人共何をしている」
 父あるいは夫の声を聞いた二人は互いにサッと離れて立つ。
 「お父様、お継母様がこんなに大きな荷物を持って家を忍び出ようとしていたの。何を言っても聴いてくださらないのよ」
 「継母(かあ)さん、昭二も……どうしたんだい」
 父は口々に話す兄妹を見兼ねたのか、
 「義雄、幸枝、静かになさい。一度皆家に入って話し合おう」
 と言って家に入り、その足で食卓についた。