二人は暫く何も言わずにただゆっくりと歩みを進めている。
 (まさかこんなことに巻き込まれるとは、今後目を付けられないと良いが。今はともかく伊坂さんに影響がなかっただけ救われたと捉えるべきか)
 (少し怖かったけれど……やはり長津さんは頼もしい方ね)
 「長津さん……あの憲兵のかたには少し辛く当たったのではなくて?」
 幸枝は背後を振り返って長津に尋ねた。
 「いいや、近頃の憲兵はああやって噛みついてくるのが増えましたし、まるで粗探しをするように関わろうとしてくるので厭になってくるんですよ。それに、大して地位も高くないのにあんなふうにはじめから高圧的なところも癪だ。ひとつ叩いておくくらいがちょうど良いですよ」
 「はあ、そうでしたか……」
 (爽やかな顔で言われても怖いわよ)
 それまでのすっきりとしていた長津の表情は突如として暗いものになる。
 「申し訳ありません、またしても迷惑をお掛けしてしまって。本来このようなことが起きてはならないのですが」
 幸枝は一瞬不思議な顔をしたが、ふるふると首を横に振る。
 「いいえ、いつ、何が起こるか分かりませんから……何とも思っていません。いえ、寧ろ感謝しています。長津さんだからこそ大事なく済んだのでしょう」
 この数十分を思い返してみれば、長津は常に周囲に気を配り、幸枝に危険が及ばないようにその場で対処していた。
 また幸枝自身もそのことに気がついていたのである。
 「これが、今日の私に課された任務ですから。責務を果たし、貴女をお守りするのは当然のことです」
 駅に着いた二人はそこで分かれ、それぞれ次の行先へと向かった。
 (案外遅くなったわね、このまま帰ろうかしら)
 幸枝は家路につくことにしたが、帰宅後に驚くべき事実に直面することになる。