一瞬迷ったような表情を見せた長津は、
 「それは二ヶ月分の注文だからではないでしょうか」
 と小声で返答した。
 「いいえ、前回も今回とほぼ同じ量の注文ですよ。納品は問題なく数量も期日も守っている筈です」
 長津は幸枝の斬るような反論に対し、まるで仕方がないという顔を見せる。
 一息吐きながら周囲を見渡した長津は、次のように伝えた。
 「良いですか、今から抽象的な話をします……今年に入ってから、我々帝国海軍は遥か南方の海上で戦闘を繰り広げてきました。その海には無数の海洋生物、例えば魚がいるとしましょう、其処には一般的な『魚』だけではなく、『鋼鉄の巨大魚』も存在していました。さて、伊坂さんは、怪我をした『魚』はどうなるかご存知でしょうか」
 幸枝は長津の例え話を理解しようと聞き入った。
 「簡単な質問ですね。魚は怪我をすれば泳げなくなり、いずれは死んでしまうでしょう」
 「その通りです。『魚』は死ぬと海の奥底に沈みます、そして、それは『鋼鉄の巨大魚』にも共通します。遥か南の海では、怪我をして泳ぐことのできなくなった『鋼鉄の巨大魚』が発生しているのです、それも日を追うごとに」
 暫く頭の中に霧がかかったような気分になった幸枝は、その霧を晴らすべく思い付くことを長津に尋ねた。
 「鋼鉄の巨大魚を救うには工員が必要ですか?」
 「察しが良いですね」
 ひとつ霧を晴らした幸枝であるが、脳内にはまたしても新たな霧が現れる。
 「しかし、新聞やラジオでの発表を見聞きする限りではそう多くの鋼鉄の巨大魚が怪我をしているようには思えません」
 それまで弱まっていた雨音が突如として激しくなる。