数ヶ月前に自邸で幸枝から注文書を受け取った父は、難しい顔をした。前月よりも注文数が不自然に増加しているのである。
 (これだけの量が本当に必要なのだろうか……戦果は芳しくないとは聞くが、幾ら何でもこれは多すぎるだろう。工場を目一杯稼働しても生産が追いつくかどうか)
 注文書を畳んだ父は、幸枝に言った。
 「次回は封筒を受け取ったら先ず注文書を確認しなさい。お前も数字を見ればある程度のことは分かるだろう……もし無謀な数字であれば、その場で担当の者に問い合わせてくれ」
 封筒から三つ折りの注文書を取り出した幸枝は、真っ先に注文数の書かれた表に目を通す。
 品目が並ぶ表の右端には、彼女の想像を遥かに超える数字が並んでいた。
 「注文数が多すぎます」
 「はあ」
 幸枝は注文書を(めく)りながら続ける。
 「私も日頃から戦地の被害については確認しています。この注文数は必要以上ではなくて?弊社は財閥や貴方がたのような広大な工場を幾つも持つわけではありません、それに……」
 「静かに」
 突如として話を遮った長津は、背後を見渡し幸枝に耳打ちする。
 「陸軍がこちらに来ます、顔を見られぬようご注意を」
 「えっ」
 長津は横目で階段を上がり会館に入る佐官を確認すると、幸枝から体を離した。
これまで降り続いた雨で冷えた空気の中で体温が絡み合った所為か頬を紅くした幸枝であったが、
 「……何故こんなに大量のご注文をなさっているのか、本当に必要なのかを問いたいのです」
 と、思い出したように問うた。