「……居づらいんだ、この世界に」
 (世界とは……また規模の大きな話を持ち出したわね)
 「君は知っていると思うが、僕は英国法を学ぶことを志望している。分かるだろう……」
 幸枝は何も言わず、ただ頷くばかりであった。
 年末年始で世界の秩序ががらりと変わった、そしてこの国はその変化の渦中にいる。
 米英軍を相手取って戦っているからこそ、彼も何かと口を出されたり思ったりするところが多いのだろう。
 「……学問は悪くないわよ、確かに学問は思想ではあるけれど、それを何処に繋げるかは学ぶ人が決めることでしょう。何を云われたとしても、成田さんが望む学問がそれだとしたら真摯に志望して学べばそれで良い筈よ」
 「いや、まだ特に何か云われた訳では無いが……確かに君の言う通りだよ、幸枝さん!」
 清士は急に幸枝の手を握って目を輝かせた。
 初めて見た清士の明るい表情に、幸枝も思わず目を大きく見開いてしまう。
 (この人……突然血相を変えたかと思えば……『何かを云われた訳では無い』ということは、まさか、取越し苦労で悩んでいるのかしら)
 暫く幸枝の小さな手を握り眺めていた清士であったが、ハッとしたように自分の腕を引く。
 向かい合って座った二人は同時に頬を赤く染めて俯いた。
 「……成田さん、心配ばかりしていては気が持たなくなるわよ。せめて、目の前で起きていることを気に掛けた方が貴方の心のためだわ」
 幸枝は平静を保っていたつもりであったが、どうしても心臓の奥の方が大きく揺れている。
 「僕にも目に見える悩みの一つや二つくらいあるさ……例えば」
 「例えば?」