「大変でなかったと答えると嘘になるな」
 給仕されたコーヒーからはふわりと香る湯気が昇っている。
 清士は机にべったりと張り付いているが、そんな怠けた姿を見せられるのはこの部屋が暗いからであろうか、目の前の人物に気を許し始めているからであろうか。
 (この人も端正に見えて案外普通の人間ね)
 「……だらしないわよ、ほら。起き上がって、コーヒーを一口飲めば元気になるわ」
 幸枝は清士の肩をポンと叩いてコーヒーカップを差し出した。
 「厭な時代よね、この頃。私にも分かるわよ、日に日に目に見えるように忙しくなっているし……まあうちはお陰様で儲けがあるから忙しいのも有難いうちなのだけれど」
 清士はコーヒーカップを口元に当てたまま、目線だけを幸枝の方に向ける。
 「良い職業だな。戦時になれば儲かるというのは」
 「そんなに良いものでも……そもそも工廠(こうしょう)は軍が持っているし、官営工場も増えたわよ。うちは確かに戦時で儲けてはいるけれど、その儲けのためには当然工場を動かして働かなければならないわ」
 「それでも儲けが出ているなら羽振は良いだろう」
 「羽振り良く振る舞う場所が無いけれどね」
 幸枝はコーヒーを一口飲んで、再び清士に話しかける。
 「今日はやけに皮肉が多いわね。愚痴なら聞いてあげるわよ」
 「……」
 不満気にコーヒーを啜る清士の顔を覗いた幸枝は立て続けに話す。
 「辛いことや悲しいことがあったら誰かに話すのが一番よ、自分に嘘をつくのはおよしになって」
 細く長い息を吐いた清士は、やっとというように話し出した。