翌日の夕方、幸枝は終礼を終えると直ぐに本郷へ向かった。
 (少しくらいお洒落をしたかったわ、折角成田さんに会うというのに……)
 まだ二月には入っていなかったが、幸枝は父から、一月の末から華美な装飾を控えるように言われたので、不本意ながらもその言いつけを守っているのであった。
 その街に着くと、流石は学生の街といわんばかりに多くの学生が闊歩している。
 詰襟や和服の学生ばかりの街でヒールの(かかと)を鳴らしながら歩く少女の姿は、一際目を引いていた。
 (この辺りで良いかしらね)
 校門の前に立って暫く待っていると、
 「やあ」
 と横からやってきた声に幸枝の口角が上がる。
 「行きましょうか」
 二人は黙って歩いていたが、喫茶店に入ったところで清士が話し出した。
 「こんなところに喫茶店があったんだなあ、学校に近いのに全く知らなかったよ」
 「うちの叔父はひっそりしたところが好きなのよ……都会にもそんなところが欲しいと云ってね、このお店を開いたらしいわ」
 四方を小道に挟まれたこの喫茶店には、夕方の陽光は一筋も届かない。その代わりに、小粋なジャズと薄明るいランプが妖しい雰囲気を醸し出している。
 「叔父さん、コーヒー二つ頂戴するわ」
 幸枝は親戚の店であるが故か常連客のような気軽な振る舞いだが、清士は気怠いような表情でこちらを見ている。
 「お疲れのようね」
 「いやあ、そんな事は無いさ」
 頬杖を付いた幸枝は清士の疲れた横顔をじっと見つめる。
 (疲れた顔があの俳優によく似ているわね……何か台詞を言わせたいほどだわ)
 「大変だったのでしょう、暫く」