幸枝は屋敷に戻ると真っ先に二階の兄の部屋へ向かった。
 (成田さんに会ったのでついお兄さまへの託けを忘れていたわ、私としたことが……気を引き締めておかないと)
 「まあ、呆れた……お兄さま、三日は静養するようにと先生が仰っていたのに。寝ていなきゃ駄目よ」
 義雄は自室の机一杯に製図用紙を広げ、窮屈そうに作業をしていた。
 「いやあ、寝ていても何も出来やしないし、時間が過ぎれば仕事が増えてまた忙しくなるし……退屈凌ぎも兼ねて紙を広げたところ迄は良かったんだけれども、机が狭くてこの有様さ」
 「もう、またそうやって無理をしたら同じことの繰り返しになるわよ。ともかく……尾田さんに会ってきたわ」
 幸枝は部屋の扉を静かに閉め、兄のすぐ側に寄る。
 「お兄さまに伝え忘れていたらしいのだけれど、次回から場所が青山に変更になるそうよ。陸経は小平に移転するんですって」
 「そうか……有難う」
 「ええ、良いのよ。半ば私が勝手を言った部分もあるし……それじゃあ、また夕食で」
 幸枝はそっと兄の部屋を出て隣の自室に入る。
 (あら……?見慣れない洋服ね)
クローゼットの隣には、(にび)色や(こき)色、黒緑といった暗く渋い色の服が並ぶ。五着ほどのその服はどれもワンピースで、同じ布で作られたベルトが付いているものもある。
 一着を手に取った幸枝は姿見の前に立ち、身体にその服を当てた。
 (何だかこう……地味よね、色が。形は悪くないのだけれど)
 ひとつ触れただけで良質だと分かる生地であったが、その色の暗さゆえか幸枝の表情も些か明るさが落ちたように見える。