幸枝は何事も無いかのように振る舞っているが、心のどこかには弾むようなものがあった。
 「つい先程(まで)成田さんのことを考えていたのよ。今日は御友人といらして?」
 清士の頬がポッと赤くなるのを見た幸枝の口の端が上がる。
 (軍人だとこういう表情は見られないけれど……成田さんはこういうところが良いわよね)
 「あ、ああ……その、今日は何か映画でも観て過ごそうかと」
 「まあ、そうでしたの。それでは私は此処でお(いとま)するわ」
 家路に着こうと歩を進め始めた幸枝であったが、不意に手首を触られた感覚があって足を止めた。
 「……近いうちに、何処かで会えるかな」
 「金曜日であれば……終業したら本郷に向かうわ。親戚のやっている喫茶店があるから、其処でお茶でもしましょう」
 二人は顔を合わせないまま話し、互いにひとつ頷いて正反対の方向へと再び歩き出した。