「君、我が校に御用かな」
 幸枝は声を上擦らせて答える。
 「あ、あの……ええと、伊坂義雄から尾田様という方へ託けを預かっている者なのですが……」
 「尾田?私の知る限りでは居ないが……」
 (まさか……相手が偽名を名乗っている可能性を考えていなかったわ)
 考え込む仕草をした教官は、ひとつ閃いたように話した。
 「もう五分程で昼休憩になる、校内でその尾田というのを探しなさい。他の教員に声を掛けられたら、佐武が許可したと言えば問題ない」
 突然の提案に違和感を覚えた幸枝であったが、
 「ええ、そういたしますわ」
 と言って会釈をし、教官の導きで校舎に入った。
 (こんなにも易々(やすやす)と入って良いものなのかしら…角が立たないだけに気味が悪いわ)
 教官はこの「仕事」を知っているような様子もなかったが、尾田という人物も知らなかった。それだけに、幸枝は不安になってくるのである。
 廊下越しに教室を覗くと、さまざまな内容の講義が聴こえてくる。
 (砲兵科の尾田伍長よね、確か。身分を偽っていなければ……)
 身分を偽っているのは自分自身のはずだが、考えるほどに疑心暗鬼になる。
 惑うように廊下を歩いていると、授業が終わったのか教室からは続々と学生らが出てきた。 何十人という学生の目が一斉に幸枝に向けられる。
 幸枝は丁度目の合った学生に声を掛けた。
 「ごめんください、尾田伍長という方を探しているのですが、どの教室にいらっしゃるかご存知でしょうか」
 「尾田?おい、お前ら尾田っての知ってるか」