翌朝、幸枝は父に兄に代わって一時的に仕事を預かる、どうしても届けなければならないものがあるらしいと打診した。
 父はこの仕事を子供達の裁量に任せているのか、はたまた相次ぐ注文に追われているのか、あっさりと承諾し、娘を送り出した。
 (朝の浅草はとても静かね……夜のあの喧騒は一寸たりとも感じられない)
 そして劇場へ向かった幸枝は裏口から控室に向かった。
 「座長さん、いらっしゃるかしら」
 壁を軽く二度叩いた幸枝が覗いた控室には男性の劇団員が四人ほど集まっており、その中に団長が居た。
 幸枝を見ると直ぐに席を立った四人は団長を先頭に控室の入口に集まる。
 「幸枝ちゃんじゃあないか、こんな朝早くにどうしたんだい」
 「実はね、お願いが有って来たんです」
 四人はどんな頼みだろうと顔を見合わせた。
 「とある方と会う用事が出来たのだけれど、その方から服装を指定されたの。でも、丁度良い服が見つからなくて……ほら、私っていつもこんな服を着ているでしょう」
 幸枝は自分の着ているジャケットを触って見せる。
 「それで衣裳と鬘と化粧道具を拝借できないかと思ってね……勿論、それ相当のお代は出すわ。どう、頼まれて下すって?」
 がま口から数枚の紙幣を出した幸枝は、それを団長に突き出す。
 団長をはじめとした四人はその額にごくりと唾を飲み込んだ。
 「……衣裳はいつ頃返してもらえるかな」
 「今日の夕方には返すわ」
 「よし、衣裳室に案内しよう」
 三人の劇団員を残し、団長は幸枝を衣裳室へと連れて行く。
 (目論見通りね、この人が承諾してくれて助かったわ)