「そうだ、これは何方(どちら)に渡せば良いかしら。お名前と所属が分かれば助かるのだけれど」
 何食わぬ顔で尋ねる幸枝であったが、兄は口を開こうとしない。
 「守秘義務くらい分かっているわよ。ただ、お兄さまが何も知らせないのでは私もこれを渡すことはできないわ」
 義雄は妹の真っ当な意見に何も言えなかった。
 「……尾田伍長、砲兵科出身のひとだよ」
 「了解、これは預かったわよ。後から何か訊かれたら、適当に話を合わせて頂戴。三日間ゆっくり休んでね」
 「ああ、分かったよ……」
 妹の無謀な計画と三日間の休養に焦燥のようなものを覚える義雄であったが、事実彼にとっても本所から牛込に通うのは少々体力に訴えるところがあった。
 (僕にも幸枝のような行動力が有レバ、こんなことにはならなかったのだろうか)