ただ母親が居てさえくれば、例えどんな世界に居ようともどうでも良かったのだ。地獄の中を生きようとも、母親が自分の居場所を与えてくれた。

 ……ただこの場所にはもう、居場所を与えてくれる人はもう居ない。街の優しい住民達も居ない。




(今更何を不安に思っているのよ……大丈夫よ。力を使わなければ、誰にもバレることはないんだから)



 ここでの生活を失わないようにするには、力の存在を示すようなことを絶対にしないことだ。幼い頃はそれが分からずに、自分の見える世界を他人に話した。そこから全てが少しずつ変化して、狂い始めたのだから。

 同盟を確かなものにするための今回の婚約は、両国にとって必要なもの。

 仮に力の持ち主を押し付けたと発覚してしまえば、レゼルト王国はクラネリシア国の怒りを買い、戦争をすることになる可能性だってある。

 恩返しをするために婚約を受けたというのに、それでは恩を返したい人達を危険に晒すことになる。それだけは絶対に避けなければならない。




(私ってすごい人の所に嫁ぎにきちゃったんだなあ……)




 世界を制服するのも無謀とも言えない力の持ち主。悪魔王と呼ばれるルイゼルト王。

 そんな彼に力がバレたら、戦争の前に自分の首が撥ねる未来が想像出来て、身震いすると心配そうにユトが顔を覗かせた。



「どこかご気分が悪いですか?少し休憩致しましょう」


「あ、えと……」



 有無も言わさずサロンに向かい座るように促され、ここは大人しく従おうと苦笑を浮かべ、エスコートされるまま椅子に座った。