「ただいまー」と、一応言ってみる。
あれ? 留守? 出かけるって言ってなかったような気がするんだけどな。
買い物袋をキッチンに置いて荷物を置こうと部屋に戸を開けたら、布団の上で丸くなって寝てる片桐さんが居た。


「寝てる…」

スヤスヤとよく眠っていた。
私が帰っできたことに気づかないくらい。
大きな身体を曲げて赤ちゃんみたいにキュってしてる姿を見て、何故かキュンとする。
それとパソコンが開きっぱなしで、どうやらお仕事途中みたい。


「ん、」


寝言にドキッとしたのは、片桐さんが寝返りをうって長めの前髪がサラッと流れたから。
普段布団から見る背中ばかりを見ているから、こうして真正面からまじまじと見るのは久しぶりな気がして、その綺麗な寝顔にドキドキしっぱなしだ。
男の人なのにこんなに白くて綺麗な肌だし、唇は薄いけどキュッと口角が上がってて可愛らしい。羨ましいその容姿だ。
ふと思ったのは、こんなかっこよくて優しい人なんだから彼女居ないのかなって。
大学ではコンパやらで彼氏を作る~だのの話で盛り上がってる子達を見て、私は一人その話題に入れないでいる。
なんでかな、興味が無い。他の人に。気になるのは何故か、


「………っわ、え、帰ってたの?」


私の存在に気付いて起き上がった片桐さんは顔を真っ赤にして頭を搔く。


「さっきです。片桐さん、もしかして夜は私に布団を譲って、日中こうして寝てたんですか?」
「え、あーえっと……」


視線が右斜め上を向いて、人は考え事をする時目が泳ぐというからきっとそうだなって確信する。
気を使ってくれたんだと思うと申し訳ない気持ちと同時に、この人の優しさに触れて胸があったかくなった。


「私、大丈夫なので。あの、片桐さんが嫌じゃなければ今夜から一緒に寝ましょう!」
「え?!」
「うち裕福じゃなかったので、結構大きくなるまで祖父とも一緒に寝てました。私小さい方ですし、隅っこで寝るので。ダメですかね?」


私は本当に床で寝ても良いんだけど、きっとそれだと片桐さんは譲らないから。
だったらもう一緒に寝ようと提案するしかないなって。


「ぇ、じぃさんと同じ?」


片桐さんがなにかボソボソ言ってる。
「ん?」と、聞き返すも「いやなんでも」とはぐらかされてしまった。



その後、食事やお風呂も済ませて、布団の前で二人並んで正座しているこの時間はなんだろう。


「あ、奥どうぞ」
「は、はい」

壁に沿って敷いてある布団の奥へと促されて、緊張しつつ奥へ寝転んだ。
私が転んだのを確認してから片桐さんも隣に寝転んだ気配がしてドキドキする。
目を閉じていて感じるのは肩と腕に僅かに触れる温もりと、微かに聞こえる息遣い。

おじいちゃんと寝てた時は、なんとも思わなかったのに男の人が隣に寝るとこんなにドキドキするだ。

………寝れるかな?


「なんか変な感じだよな」
「っえ?」
「ちょっと前まで全く知らない人で、たまたま隣人になって、普通はそこから知り合って仲良くなるならその過程があるもんだと思うけど、何もかもすっ飛ばして一緒に寝るっておかしいだろ」


ふっ、と鼻から息が抜ける音に身体の力が抜けていく。


「ふふ、確かに変ですね。でも本当に片桐さんで良かった」
「俺で?」
「はい。仲良くなくてもこうして助けてくれてやっぱり優しい人だなぁって」
「やっぱり?」
「片桐さんだけでした。毎回会えば会釈してくれるの」


他の人は殆ど会うこともなければ会っても目を逸らしてすれ違うだけ。一応挨拶はするけど、まともに返ってきたことなんてなくて、それに寂しさを感じたこともあった。
田舎じゃ顔を合わせれば立ち話が始まるくらいなんだもん。


「ここで挨拶してくれるのなんて君だけだよ」
「………」
「あれ? 寝ちゃった?」


本当はうとうとしていただけだけど、なんかちょっと恥ずかしくてこのまま眠ってしまえって感じだ。
するとそのうち本当に眠りに落ちていって、夜中に一度起きた時目の前に片桐さんの顔があってビックリした。
お互いに向き合っていて、スヤスヤと眠る片桐さんの綺麗な寝顔に見惚れてしまう。長い睫毛と通った鼻、薄く開いた唇からスースーと小さく寝息も聞こえて、ドキドキしてギュッと目を閉じてもう一度眠ろうとしたけどなかなか眠れなかった。
なんだろうこの感覚は。
胸がギュッとなるこの感じ、今まで感じた事がない。