帰宅ラッシュの市内中心部を抜け、三十分かけて彼の会社があるオフィス街へやって来た。

 彼は合流しやすいようにと会社近くの公園に移動していて、駐車場に入ると駆け寄って来てくれた。
 街灯に照らされた、彼の心配そうな表情がよく見える。

 けれど今は、そんなことより。車から飛び出して、彼の胸に勢いよく抱きついた。

「え、え? 笹井さん、どうしたの? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」

 何でもない口調で返事をしながら、腕を彼の背中に回して、身体の隙間を埋める。この矛盾に彼は戸惑い、何かあったのだろうと察してはいるものの、気軽に抱き返してもいいのか思案するよう両腕をさ迷わせ、結果左手を背中に添え、右手で肩甲骨の辺りを優しくぽんぽん撫でるという行為で落ち着いた。

 それがやたらと可愛らしくて、彼の胸でくすくす笑ったあと「ごめんね」と切り出した。

「いや、俺はいいんだけどね、笹井さんは大丈夫? 何かあった?」
「あったよ。あった。もう一ヶ月以上会っていないのに、小林くんがあと十日以上会わないって。いじわるされた」
「いや、だって笹井さんのシフト、とんでもなかったし……」
「でも会いたかった。十日後に一日中一緒にいるより、今日五分だけでも会いたかった」
「そっか……気持ちを汲んであげられなくてごめんね」
「うん、大丈夫、好きだよ、小林くん」
「え?」
「小林くんが好き。一緒にいたい。空気は馴染んだから、今度は手を繋いだり抱き合ったりするのに慣れたい。だめ?」

 あの頃はどうしても伝えられなかった気持ちを口にすると、小林くんの身体がびくっと震えたのがよく分かった。

 不思議に思って顔を上げると、苦笑した彼がわたしを見下ろしていた。