わたしたちは「同級生」ではあるけれど、お互いのことを何も知らない「大人になってから出会った人」で、今はまだ付き合うどころか、友だちにもなりきれていないような関係だ。

 けれど「同級生」だった頃の思い出は僅かでもあって、年月を経て、恐らくそれは美化されている。
 だから恋人はおろか、友人としても上手くいかなかったら、美化された思い出すらも塗りつぶされてしまうのではないか、と。恐れる彼の気持ちはよく分かる。

 美化されたのはお互いのことを知らないまま、会うこともないまま、でも心の奥底に存在はあって、月日が流れたせいだ。

 けれど失敗を恐れて失敗してしまったら、そんなにまぬけなことはない。失敗したとしても、せめて納得できる結末でありたい。

「わたしはね、小林くん。寝る前に壁とベッドの隙間に挟まりながら本を読むのが好きなの」
「……え?」
「休みの日に窓際の床に寝転んで読書して、そのままうとうとするのも好き」
「……」
「小林くんは? 何が好き?」
「俺は、仕事帰りに本屋に寄って、次は何を読もうか選んでいるとき、かな……」
「それわたしも好き」
「本もそうだし、映画とかを見終わって、ソファーで余韻に浸るのも好き」
「うん、わたしも。だから、十回目のデートは、それをやろう」
「え?」
「本屋で本を選んで、どちらかの部屋で、読書会をしよう。読んだら余韻に浸ってぼんやりして、感想を言い合って、お腹が空いたら何か食べて。作ってもいいし、外食でも、そのときの気分で決めよう」

 言うと彼は戸惑って、信じられない、という表情でこちらを見た。

「でもそれ、会話もない、よね……?」
「うん、でもこの九回のデートでの小林くんは、ずっと頑張って話してくれて、気を遣ってくれたから、十回目は違うことをしよう」
「せっかく会うのに……?」
「せっかく会うから、だよ。同じ空間で一緒にいて、話をして、お互いの空気を馴染ませていこう。これは会わないとできないことでしょ?」
「お互いの空気を、馴染ませる……」
「そう。そうやって心を解していって、もう少し気軽に、気楽に一緒に居られるような関係に、なっていけたらいいね」

 彼の視線がわたしから、正面のフロントガラスに向いて、静かに、とても静かに、「そうだね」と頷いたのだった。