もちろん三年でも、理系の僕と文系の彼女では同じクラスになれず、話しかけるタイミングを計る日々は続く。
新学期の委員会決めで図書委員に立候補してみたけれど、希望者が多く、じゃんけんで負けて叶わなかった。
いつ見かけても彼女は忙しそうだった。文芸部の部長になり、図書委員会の委員長になり、部員が足りず廃部の危機にあった料理部と英会話クラブにも入部し、毎日何かしらの活動をしているみたいだ。
前々から顔が広かったようだけれど、最近ではさらに広まったようで、うちのクラスの男子と廊下ですれ違ったとき「あ、ささゆーだ」と声をかけられ、彼女も「どーも」と笑顔で挨拶していた。が、彼女はすぐに立ち止まり、困った顔で「ごめん、誰だっけ」と言った。うちのクラスの男子も「知らなくて当たり前だよ、今初めてしゃべったもん」と笑っていた。
それ以降ふたりはすれ違うたびに挨拶をするようになり、僕は少し離れたところから、それを羨ましく見ていた。
文化祭では彼女が所属している文芸部の展示教室に行った。
クラスの屋台に料理部の屋台、英会話クラブの英語劇にと忙しい彼女は、案の定不在だったけれど、彼女が「馬」の主だということは確信した。
文芸部の看板と文芸部誌の題字が、達筆な手書きの明朝体だったからだ。
店番をしていた一年生の子に「達筆だね、誰が書いたの?」と聞いてみたら、その子は笑顔で「部長の友喜先輩です」と答えてくれた。さらに「これ筆で書いたんじゃないんですよ、鉛筆を使ってレタリングしたんです!」と補足まで入れてくれた。
お礼を言って、文芸部誌を一部購入し、家に帰ってから彼女が書いた詩や小説を読んだ。丁寧で、綺麗な文章だった。
そして、思う。
僕に、ほんの少しの勇気があれば。
どうやら僕の中にあった勇気は、一年生で岡崎さんに告白したときに、残らず使ってしまったみたいだ。そして僕は、臆病で不甲斐ない男になってしまった。
そうしているうちに秋が過ぎ、部活を引退した順に、本格的な受験勉強に入っていく。
三年の階は、次第に重苦しい空気に包まれていく。
僕が所属していた将棋部の活動は週に二回ほどだったから、この二年ちゃんと勉強を続け、成績を落とすことなくやってこれたし、受験にそこまでの焦りはなかった。
ただひとつの焦りは、彼女のこと。彼女の志望校はどこだろう。地元に残るだろうか。タイムリミットは卒業式だ。それまでに話しかけなければ、縁が切れてしまう。
元々「同じ高校の同級生」というちっぽけな縁しかないというのに……。
それでも僕の勇気は枯渇したまま、むしろこの受験シーズンに、僕だけの都合で彼女を呼び止めるのは気が引けて、身動きがとれなくなってしまっていた。



