うましか


 そんな風に高校最初の一年が終わり、僕らは進級した。
 結局「馬」の主は分からないままだ。

 僕にこっそり「馬鹿」だと伝えてくれるくらいには僕のことを知っていて、放課後誰にも見つからず、それなりに時間をかけてくれる人物。なおかつ一年五組の教室にいても不自然ではなく、あんなに濃い芯の鉛筆を持っている。

 予想できたのはここまでだった。同級生だけでも三百人以上いて、クラスメイトは四十人いる。その一人一人に「馬」の字について訊ね歩くわけにもいかない。
 そもそも僕に直接言いたくなかったから「馬」の字を机に残したのだ。名乗り出るわけがないし、訊いてもしらを切るだろう。

 だからもう「馬」の主を探すことはせず、心を落ち着かせるきっかけになってくれたと心の中で感謝し続けようと思った、高校二年の秋。

 生徒総会に向け、提出しなくてはならないプリントを完成させるため、将棋部の新部長となった相澤がいる、二年五組を訪ねたときのことだった。

 文系クラスの五組と、僕がいる理系クラスの三組とでは、間にひとクラスしかないけれど、知り合いがほとんどいないせいで、どこか別の場所に来たような気分だった。
 緊張しながら空いていた相澤の隣の席に座り、プリントを埋め始めると、こんな会話が聞こえたのだ。

「笹井さんって美術部だっけ?」
「ううん、文芸部」
「文芸部も、4Bの鉛筆とスケッチブック使うの?」
「ううん、ただ使ってるだけ」
「あはは、なんだそりゃ」
「やらなきゃいけないこととか、ちょっとしたメモとか、ぱっと、さっと書きたいときに便利だよー。もう何年もやってる」
「ほんとだ、すっごい殴り書き」
「これは小説のネタで、こっちは生徒総会のプリントの提出期限。こっちは勧められた曲名ね。あとは部活中の落書き」

 無意識にそちらに視線を向けると、穏やかな笑顔で話す女の子が目に入った。

 あの子はたしか、笹井友喜さん。一年生のときに同じクラスで、何度か話したことがある。
 クラスの中心で賑やかにしているタイプではなく、どちらかというと一歩引いたところで静かに見ているほうだろう。でも人見知りというわけでもないらしく、クラスの誰とでも話しているような印象がある。

 僕も何度か本の話をした記憶はあるけれど、それだけだ。親しくなるほど話していない、ただのクラスメイトだった。