わたしも馬鹿になってしまっていたことに気付いたのは、四階奥のトイレに駆け込んでからだった。
 個室に籠り、手にしたままの4Bの鉛筆をぎゅうっと握る。

 あの子の口から彼への侮辱の言葉は聞きたくない、なんて。偽善だ。わたしはただ悔しかったのだ。わたしが彼と五回話しただけで有頂天になっている間、彼はあの子と交流し、恋人同士になって、手を繋ぎ、抱き合い、キスをして、愛の言葉をかけているのだ。わたしがいつも通りの時間を過ごしている間に。

 あの子が陰で侮辱しているとも知らず、変わらずあの子を好きでいる彼は馬鹿だ。でも、わたしはそれ以上の大馬鹿だ。
 一年近い時間があっても彼と仲良くなれなかったのは、わたしに意気地がないせいなのに。ふたりが付き合い始めたのは、ふたりの勝手なのに。

 平気な顔で平穏な日常を過ごすふりをして、嫉妬で心を焦がし続けていた。

 だから彼へのメッセージを「馬」にしたのだろう。わたしたち、趣味も好みも合っていたのに。きっともっと親しくなれたのに。わたしを選ばないなんて馬鹿だ、と……。

 でもよく知り合って、趣味と好みが合ったとしても、彼がわたしを選んでくれる保証はないし、わたしも自分に自信を持っているわけではない。

 ぱっちりした目と小さな鼻、明るくて、よく通る声をしたスタイルの良いお洒落なあの子と、特筆すべきことがないわたし。ぱっと見た第一印象は、あの子のほうがずっと良いだろう。
 それでも……特筆すべきことがないわたしでも、恋をしていた。彼が好きだった。大人になってから思い出したら、笑ってしまうくらい幼稚な恋だったかもしれないけれど、精一杯恋をしていたのだ。