ぜえはあと息を切らしながら、母校へ続く、ゆるやかだけれど長い坂を上りながら、あの日のことを思い出した。情けない恋が終わった日のことだ。

 十年前、身体の芯まで凍りつくような冬のある日。わたしは放課後の教室で、4Bの鉛筆を握って立ち尽くしていた。まさか告白もしないまま恋が終わってしまうなんて思わなかったから、この感情をどうすればいいのか分からなかった。

 わたしを選ばないなんて馬鹿だ。と言っても、彼とはそんなに接点があったわけではない。同じクラスで、総合学習の時間や掃除のときにしか活動しない班が一緒だった。五回ほど趣味の読書について話す機会があった。たったそれだけ。

 告白したらオーケーしてもらえただろうなんて思わない。だからゆっくり時間をかけて親しくなろうと思っていた、のに。その結果がこれだ。

 彼に、恋人ができた。可愛くて明るくて、わたしなんかじゃ到底敵わないような子、というのは、表の姿だ。実際の姿はそうではないことを、知っている。裏では彼についての侮辱の言葉を並べていることを、知っている。よりによって彼女を選ぶなんて。本当に馬鹿だ。

 それでも十六歳のわたしには、どうすることもできなかった。十六歳のわたしにできたことは、4Bの鉛筆を握ることしかできなかった。
 彼の机を指で撫でたあと、行き場のないその気持ちをぶつけるよう、持っていた鉛筆でそこにでかでかと文字を書いた。馬、と。消すのはさぞかし大変だっただろう。

 あれから十年。時の流れはわたしの中からその記憶をどこかへ運んで行ってくれたけれど、今こうして思い出すということは、心の奥底ではまだ彼を想っているのかもしれない。