恋がはじまる日


 藤宮くんはこちらに見向きもしなかった。鞄の中身を適当に机の中に突っ込み、さっさと席を立ち廊下に出ようとする。
 私は今朝のことをしっかり謝っておこうと、思い切って声を掛けてみることにした。

 これから一年間同じクラス、隣の席なわけだし!ずっと気まずい思いを引きずるのもよくないよね!もしかしたら仲良くなれるかもしれないし!今朝今度会ったら謝ろう、って決めたんだし!よし、よし、頑張れ私。

 そう自分に言い聞かせ、意を決して口を開く。


「ふ、藤宮くん!今朝はぶつかってしまってごめんなさい!寝坊して急いでいて。えっと、佐藤美音です、これからよろしくね」


 そう頭を下げると、藤宮くんはやっとこちらを見た。その力強い瞳はほんの少し合わせただけでも気圧されるようで。その瞳が私を捕らえる。

 彼は一言、「今朝?」と言った。彼の声は低すぎるわけではないけれど、言葉が尖っているせいで、なんとなく威圧感を感じてしまう。

 私はなんとかひるまず、返答する。


「今朝の、登校中の曲がり角でのことなんだけど、急いでいて気が付かずにぶつかってしまって。本当にごめんね」


 そうもう一度謝ると、彼はようやく合点がいったとでもいうように「ああ、」と言い、私の顔を見たあと、全身をさっと見た気がした。


「今朝の。高校生だったのか…てっきり…、…まぁいいや」


 そう言って藤宮くんは鼻で笑った気がした。

「なっ!?」

 それってどういう意味!?確かに身長は大きい方ではないけれど、そこまで小さくもないし、胸だってまだまだ成長中なんですけど!?


 今朝のことも相まって再び私の中にもやもやが生まれそうになった瞬間、前の席の椿が立ち上がった。