でも、滝さんの言うようにお嫁にきた以上、慣れなければいけないのは私の方だ。
こういった嫁入りの場面でよく使われている諺のひとつに郷に入っては郷に従えというものがある。先人が言うならそうなんだろう。
従い続けたら、自分のことが何ひとつできないものすごいダメ人間になりそうな〝郷〟ではあるので、万が一、匡さんの気が変わり突然追い出されたら普通の生活にはすぐに戻れそうもなくて、そこが非常に不安だけれど。
「美織様。パンくずがお口に……」
紅茶を持ってきてくれた滝さんにこそっと告げられ、「す、すみません」と慌ててナフキンで口元を拭く。
そうしながら、視線を落とし苦笑いを浮かべた。
大人なのにこんな注意をされるなんて情けないし恥ずかしいし、ずっと気が抜けなくて少し疲れる。
私はあくまでも一般家庭で育ち、家事に関しても率先して行ってきたため、今のこの生活には、感謝よりは申し訳なさが勝つ。
私の口元のパンくずを気に掛けるというプログラムが組み込まれた仕事がある世界はどこかおかしいと思う。
桧山家の生活は色々と私にとっては異世界のようだ。



